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ロヒンギャ難民100万人の衝撃(日本経済新聞 2019年10月12日) 

更新日:3月17日

【書評】

 この500ページを超える大著、テーマも定価も手に取りやすいものではないが、図書館で借りてでも読んでいただきたいと思う。

 ちょうど安倍首相が"森友・加計問題"で陳謝したころだから、ごく最近の出来事である。ミャンマーの西部、バングラデシュとの国境近くで「無差別のジェノサイド(集団殺害)」が起きた。被害者の、ある高齢女性は、「兵士は小銃の銃床で弟(七〇歳)の頭を殴り、脳みそが出るのが見えた」「兵士たちは銃を乱射し、村中が死体でいっぱいだった」と語る。

 ミャンマー国軍に虐殺されたのは、「ロヒンギャ」と呼ばれるイスラム系住民であった。犠牲者数は、オーストラリアなどによる共同調査の結果、2万5千人とされる。レイプも多発した。生存者たちの証言は、これが同じアジアでおととし起きたとは信じられぬほど、野蛮な残虐性に満ちている。

 突如100万人超もの難民キャンプが、バングラデシュ国境沿いに出現した。日本の宮崎・富山・秋田各県と同規模の人口である。 著者は国際NGOのメンバーだが、以前は「毎日新聞」の特派員であった。紛争地での取材経験も豊富な異色のキャリアが、本書にはいかんなく発揮されている。

 見方が重層的なのである。毎日、難民キャンプで聞こえる産声に生命力を感じる一方、麻薬や売春、人身売買の闇も見逃さない。難民の親はほぼ例外なく教育熱心で、子どもらも学校が大好きだ。道端に捨てられたスイカの皮が、緑色の外側ぎりぎりまで齧(かじ)られているのを見て、それを食べた子どもはよほど「嬉しかったのだろう」と推測する視線の細やかさもある。

 本書が伝える、ミャンマーと現代世界の病根の深さは、底知れぬものだ。著名なアウンサンスーチー国家顧問が、ノーベル平和賞受賞者にあるまじき対応で被害の拡大を放置し、「殺人犯」と呼ばれている衝撃的な事実も記される。

 たとえば日韓関係がいくら悪化したとはいえ、在日コリアンの集住地域を自衛隊が襲い、住民を虐殺して追い出すような事態は考えられまい。ロヒンギャ難民に起きたのは、そういう悲劇だ。ミャンマーをアジア経済の「最後のフロンティア」などと位置づける見方は、再考を迫られよう。


《評》ノンフィクションライター

野村 進

(めこん 4000円)

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